生粋の江戸っ子 おしゃべり好きな靴下職人

東京都 | 86歳

【製造していただいている商品】
・シルク二重編みソックス ・ストレスフリーソックス
・エジプトコットンパイルソックス ・ラミースニーカソックス
・ドラロン綿スニーカソックス ・コットンショートソックス
・オーガニックコットンゴムなしソックス ・リネンゆるハイソックス
・リネンリブショートソックス ・シルク100アームウォーマー
・シルク足袋ソックス


御年86歳の職人さんです。
一番最初にお会いした際には、80歳超えているとは誰もが思わなかった健全さ。
20代の私よりもハキハキお話しているくらいです。
階段も駆け上ったり駆け下りたりと86歳でこの動きができていることに関して、驚愕いたしました。
お話を聞いているだけで分かる本物の職人さんです。
お話大好きの職人さんです。
職人さんはしゃべらないというイメージがありますが、信頼した人にはとにかくおしゃべりな職人さんが多いです。
今回の職人さんもその一人です。

【靴下職人さんに10個の質問】


あたしゃ川釣りが好きだね。
年寄りは船に酔っぱらちまって、釣りなんかしてらんねぇから船釣りは嫌いだね。
年寄りは体が弱くていけねぇーや
一回ひでーことに日焼けで顔が真っ赤になっちまって
警察に、飲酒だと勘違いされて止められて、怒ってやったこともあったよ。



戦前、親父がもともと錦糸町の方で靴下工場をやっていたんですよね。
けれども、あたしゃーあんな油臭い商売なんかやりたかなくてね。
あの頃は靴下なんかやるつもり全くなかったね。
だからあたしは化け学について学んでたんですよ。
その後すぐ戦争になってね、あたしの親父の靴下工場なんか跡形もなく吹き飛んじまっていたよ。
こんな状況悠長に勉強なんてしてらんないからね、
生きていくためには働かねーといけなくなっちまったもんだから、働くことにしたよ。

だからどうにか働かなきゃいけねぇ〜や、なんて思った矢先のことだったね。
親父の知り合いで靴下の機械屋さんがいて、
そん時の機械屋なんて大卒のボンボンばっかりでさ。
知識は、いっちょ前で技術が伴ってないよーなやつばっかりだったんですよ。
あたしは長男坊だったからね小さい頃から親父の靴下工場を散々手伝わされてたわけですよね。
で、その知り合いはそれを知っていたからね、あたしの親父に「お前のせがれをうちによこせ」なんて言ったもんだから、親父も息子の仕事が見つかったら万々歳だからね。
あん時あたしになんか聞かずに真っ先に親父に聞いたあたり「頭いいなー」なんて思っちまったよ。

生きるために仕方なく機械やさんに入ったんですよ。あんときは辛かったね。
その後に、自ずと親父の靴下を引き継ぐことになったってわけですよ。
だから志なんて大層なものはなくてね、ただ生きるためにやっただけってやつですよ。
あの頃が懐かしいね、あたしも若かったからね。
毎日仕事してたのを今でも思い出すよ。
あたしも随分年寄りになっちまったもんだから、体が動かなくなっていけねーや。


あたしゃ若い頃はとにかく向上心が強いやつでね、やった分だけ儲かるからそこがやりがいだったかね。
年取ってからは靴下なんて全く儲からなくなっちまったから、やりがいなんてなかったね。
値段ばっか下げられちまって物は良くないもの作らされて、最悪だったね。
やめちまおーかとも考えたけど、あたしゃこれしかできないからね、
嫌々やらされているみたいなもんですよ。
だから最近までは惰性みたいなもんだったね。


ですから去年やめようと思っていた矢先に、お宅の親父さんに出会っちまったせいでもう少し続けさせられそうだね。
けどなんだかね、今はお宅の親父さんと一緒にいいものを作るのが気づいたらやりがいにさせられてたよ。
お宅の親父さんには敵わないよ全く。


やっぱり釣りだね。
どうにか暇作って潮時、天候を狙いながら、浦安までいって黒鯛を釣るのが好きだね。
特に黒鯛はカンカン照りが一週間くらい続くと入れ食い状態になるのよね。
お陰様で暇が全然ないから最近は全くいけてないね。

『靴下として楽しいところはどこですか?』
靴下はもう義務だね。  【私の心の声】「かっこいいぃぃぃぃぃぃぃ!」
寝ても冷めても靴下を作る、靴下はもうあたしにとっては当たり前の事なんですよね。
日常=靴下作りみたいなもんだね。
まぁ強いて言うなら、苦労して機械を治してうまくはまった時はやっぱり楽しいよね。
子供みたいなもんだからね、しっかり調子つけるのが親の役目ですよ。


健康維持がとにかく大変ですよね。
もうあたしも年だからさぁ、毎日毎日体が固くなっていくのが分かるんですよ。
一度、狭心症ににもなっているんですよね、そん時はきつかったねー。
困ったもんですよ、でもあれだねあまりに苦しかったもんで、医者に行って管を通してもらったら一切なくなったね。
忘れることもひどくなってきたもんだよ、あたしももって二年くらいかね。

あたしが良いと思った商品を作れるまでは作りますけど、
もうだめだと思った時はそんな商品はお客さんに渡すことはあたしはできないから、その時は潮時かね。
仕事として 特にないね。生活と一緒だからね。


あたしが一番難しいと思ったことは、人を育てる部分かね。
何人か弟子にしてくれ!!って来たこともあったね。
あたしもあん時はまだ若かったから弟子にしてやったやつもいるけど、全員一ヶ月で逃げていったね。
あたしら職人は人に教えて貰うこともなかったからね。
見て覚える。なんとしても技術をみにつける、そのくらいの精神力がなければ仕事なんて見ない時代だからね、ひたすらに見て覚えたよ。
歯を食いしばってついていったよ。今の時代、職なんて腐るほどありますからね。
生半可な覚悟で職人になんてなれるわけないんですよ。

『作る工程に関しては?』
それぞれ全く違う素材、色で編み込む中で、ミリ単位の誤差で完璧に編み立てないといけませんからね。
そこを今までの経験と感覚で、どんな素材でもジャストに合わせないといけないからね。
神経すり減らしながらやってかねぇといけないから、年寄りには辛いところだね。


達成感ね、年金もらえた時かね、人生に対しては達成した気分になっちまったね。
仕事に関しての達成感はなんだろうね。
あれだね、機械直してうまくハマった時はやっぱり気持ちいね。
その時見つからなくても、仕事している間にふと頭によぎるんでよね、ふわーっと。
そん時真っ先に、直してうまく言った時は特に気持ちいもんだね。
あの達成感と気持ちよさと言ったらなんとも言えねーな。


これだけは負けないなんて困っちまう質問だなぁ。
強いて言えば節約経費に関しては誰にも負けないね。
必要な経費を一ヶ月で割って、毎日それ以上の稼ぎが出せるようにしてる。損得勘定を見極めるのも得意かね、貧乏性だからね。
あたしが金持ちだったら寄付するね。
服もほとんど買わないねうちの女房なんて無駄遣いしかしないから困ったもんだよ。

後、負けないなんてそんな大それたことはいえねぇけど、機械いじりくらいかね、46まで機械職人やっていたからね。
機械いじることに関しては自身があるね。



機械の部品がなくなっちまう、機械を直せる人もいなくなる難しい割には儲からない。
職人はこれからもういなくなっちまうね。特に靴下なんてやらないほうが良い。
靴下はこれから衰退していくだけだね。
いつか日本からなくなっちまうんじゃないかね。
若いもんの根性もなくなってきちまってるし、息巻いてやるって言った人も逃げ出しちまう始末。
確かにこんな儲からない仕事誰もやりたがらねぇよな。
あたしは生きるために、これしかなかったからやっただけだよ。
あたしは靴下以外何もできないしやれないね。
それがないと死ぬくらいの覚悟でやって、始めて得れるものがあるってもんよ。
見て覚えて経験を積んで始めて理解できるもんなんだよね。
だからこれからの靴下業界は維持できないね。


ここ何年間かずっと赤字続きだったから、天皇と退位する時にやめるって決めた矢先に、お宅の親父さんが突然来てこの怪しい親父は誰なんだってなりましたよね。
疑いながらもやり始めましたけど、気づいたら黒字になっちまってたよ。
お宅の親父さんは凄いよ、あたしまで仕事が楽しくなってきちまったよ。
あと十年早く出会いたかったね、そしたらもっと楽しく仕事ができたのにね。
いつまでできるかは分からないけどあんたの親父さんには感謝しかないね、ありがとう。




実はこのアンケート文の10倍は話しています。内容を抜粋するのが大変でした。
そして、仕事に対する向き、思いがこれほどまでに正直で、真っ直ぐな方は中々いらっしゃいません。
我々もお話しているだけで靴下に対しての勉強になります。

この技術がなくなってしまうのは本当に勿体無いです、、
もう少しだけやり続けて欲しいそこでできるなら継がせてほしい!!
そんな気持ちで一杯になりました。

お忙しい中ありがとうございました。
これからも引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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